6.転機──震災が変えた価値観

 2011年3月11日、東日本大震災が発生。地震と津波がもたらした未曾有の被害を目の当たりにし、私の価値観は一変した。 「人生は儚く、いつ終わるか分からない。だからこそ、やりたいことは“今”やらなければ後悔する」——そう強く心に刻まれた。

 震災直後、東日本は機能不全に陥った。日々の移動に欠かせない車の燃料を確保するため、ガソリンスタンドには長蛇の列ができ、10リットル給油できれば幸運という状況が続いた。常連でないことを理由に給油を断られることもあった。計画停電により冷蔵庫の中身は次々と傷み、暖房の止まった電車では隙間風が身に染みた。日常の脆さ、そして私たちの生活がいかにエネルギーに依存しているかを、身をもって思い知らされた。

「もう二度と、こんな思いはしたくない。未来を生きる子どもたちに、同じ苦しみを味わわせてはならない」——その決意が、私の中に確かな根を下ろした。

7.決意──折りたたみ自転車で社会を変える

 2011年3月20日、震災前から予定していた輪行旅行の打ち合わせで、松戸駅前のMr.ドーナツに仲間が集まった。当然、旅行は中止となり、話題は震災と原発事故へ。「天災は避けられないが、原発事故は人災 だ」--この認識を共有し、「原発に頼らない社会を目指すために、自分たちにできることは、今すぐに始めよう!」——という想いで一致した。

 そこで私たちが導き出したのが、通勤・通学時間帯の公共交通機関に持ち込める、コンパクトで高性能な折りたたみ自転車の開発だった。マイカー通勤を減らし、ツーキニスト(自転車通勤者)を増やすことで、温室効果ガスの削減に貢献し、原発に頼らない社会の実現に寄与できる。そう信じて、開発に踏み出した。

8.コンセプト──社会に貢献する5つの条件

開発にあたり、「PATTO BIKE」の基本コンセプトとして、次の5つの条件を定めた:

1.ピュア・ロードレーサー:高い走行性能で心に余裕を生み、緊急時の回避力も確保。

2.抜群の収納性:スーツケースに収まる縦長・薄型の折りたたみ形状。

3.優れたポータビリティ:キャスター付きで、片手で転がせる自立構造。

4.高い汎用性:市販部品を多用し、維持費を抑えつつカスタムも楽しめる。

5.ジェントルデザイン:誰もが気軽に乗れる、優しく親しみやすいデザイン。

9.試行錯誤──設計から試作へ

 100枚以上のラフを重ねると、不思議なことに漠然としたアイデアが次第に輪郭を帯びてきた。

2011_03_20_最初のラフスケッチ

 ノギスとメジャーを持ち歩き、気になる自転車を見かけては採寸し、参考に。やがて、建築用の製図道具を使って、初の設計図を描き上げたのは、震災から8か月が過ぎていた。

PATTO BIKE20inchの初期設計図_2012/01/12

 2011年11月6日、製作を依頼できる技術者を探しにサイクルモードショーへ。多くのメーカーに断られる中、ふと思い出したのが、バイシクルの匠J氏からもらった1枚のポストカード。藁にもすがる思いで連絡を取り、2012年1月20日、設計図を持って訪ねると、J氏は快く協力を申し出てくれた。

10.試作と挑戦──プロトタイプ完成まで

 J氏は描き起こした2D詳細図と3D設計図をもとに試作を開始した。しかし、専用の工房がなかったため、信州の山奥の工場を借りての作業は、交通費も時間もかかる過酷なものだった。さらに日曜日だけ借りられる近所の工場でも作業を重ね、休日を返上して試作に取り組んだ。2012年12月9日、J氏から連絡があり、J氏の自宅を訪ねた。そこには、長らく思い描いていたプロトタイプ1号が、静かにその姿を現わしていた。既に東日本大震災から1年9か月が経っていた。

 

20inch_3D設計図
20inchプロトタイプ1号_2012/12/09

11.海外へ──量産の壁と突破口

 量産化を目指し、2012年3月8日から10日にかけて、製造パートナーを探すべく台湾・台北サイクルショーへ足を運んだ。まるで幕張メッセに秋葉原の電気街がそのまま引っ越してきたかのような、自転車の祭典。あふれんばかりの情報量と熱気に圧倒され、成果を得ることなく会場を後にした。

 それから1年後の2013年3月21日、J氏の紹介で、欧米ブランドのOEMを手がけるJ社のC社長と出会う機会を得た。プロトタイプを手に、自らの想いと構想を熱く語ると、C社長は私の目をまっすぐに見つめ、力強く握手を交わしてくれた。

 夢にまで見た量産化が、ついに現実のものとなった瞬間だった。

TAIPEI CYCLE 2013

 

12.こだわり──品質への執念

 2015年7月8日、台湾の工場でPATTO BIKEの量産が始まった。日本ブランドの信頼を築いた実績ある工場で、すべての工程を自らの目で確認し、最高品質を追求。なぜなら、この自転車は「社会に貢献する」ことを使命として生まれたからである。

PATTO BIKE 451量産中_2015/07/08

13.発表──PATTO BIKE、ついにデビュー

 2015年11月6~8日、幕張メッセで開催されたサイクルモードショーにて、PATTO BIKE 451を正式発表。震災から4年8か月、ようやく私たちの想いが形となり、世に送り出された。

TOKYO CYCLE MODE SHOW 2015

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