・コンセプト
初めに社会に貢献出来る折りたたみ自転車の条件を決めた。
①ピュア・ロードレーサー : 走行性能に余裕があれば心にも余裕が持て、いざという時に危険を回避し易い。
②抜群の収納性 : 通勤通学時間帯の公共交通機関へ持ち込めるギリギリのサイズと形状は、スーツケースだと結論した。だから折りたたんだ姿をスーツケースのように薄く縦長にする。また、3辺の折りたたみサイズが、それぞれ市販のスーツケース以下ならば市販のスーツケースへ収納して、旅先へ気軽に持ち運び乗れる。
③抜群のポータビリティ : スーツケースのように縦長に自立させて片手でスムーズな移動を可能にするキャスターを装備する。例えばマンションやHOTELのエントランスから自分の部屋まで遠く離れていても、持ち上げずに片手で転がせる輪行キャスターがあれば楽勝である。
④抜群の汎用性 : 折りたたみ自転車は、折りたたむための部品と補強材が加わるので重くなる。高性能な折りたたみ自転車は、高価な材料とパーツを多用して更に軽量化を計るので余計にコストが嵩む。しかし、軽量化やコンパクト化に多少不利でも汎用部品率が高ければ維持費を安くできるので、通勤通学等の日常使いの負担を軽減できる。また、機能性と利便性だけではつまらないが、汎用部品率が高ければカスタム等も気軽に楽しめる。
⑤ジェントルデザイン : 精神的または物理的な障害を取り除いて誰でも気軽に乗れるようにする。例えば折りたたみ自転車特有の形状や乗り味に尻込みしてるユーザーでも、乗っても良いかなと思える優しいデザインにする。
以上、社会に貢献出来る折りたたみ自転車の5箇条が、PATTO BIKEのコンセプトとなった。
・SINCE2011
初めに幼稚園児よりもへたくそなスケッチを100枚以上描いた。すると不思議なことに漠然としていたアイディアが次第にはっきりしてきた。また、正確なサイズと形状で各パーツを製図するため、小さなノギスとメジャーを常にポケットへ忍ばせて、気になる自転車を見かけたらサイズを計り参考にした。そして、昔使っていた建築用の設計道具を引っ張り出して、全くの自己流だが1枚の設計図を描き上げた。既に東日本大震災から8か月が過ぎていた。
・一期一会
次に設計図通りに製作してくれる専門家を探すため2011年11月6日にサイクルモードショーへ向かった。当初のサイクルモードショーは、国内外からありとあらゆる自転車業界の人が一堂に会する感があった。しかし、誰も引き受けてくれそうになかった。唯一関西のメーカーが名乗りを上げてくれたが、チタン専門メーカーのためメインフレームの曲げ加工が、どうしても出来ないという理由で泣く泣く断念した。時間だけが虚しく過ぎ去り、年が変わっても状況に変わりはなかった。何とか打開しようとサイクルモードショーで集めたパンフレットを改めてチェックしていると、袋の底にあった1枚のポストカードに目が止まった。そして、ハンドメイド・バイシクルの匠J氏から手渡されたことを昨日のことのように思い出し、藁にもすがる思いでポストカードに書いてある番号へ電話を掛けると2012年1月9日の午後に合う約束をしてくれた。早速、仕事の合間を縫い1枚の設計図を携えてJ氏宅を訪ねるとJ氏は快諾してくれた。
数週間後に手書きの設計図を基に描いた2D詳細図と3D設計図をJ氏から渡された。しかし、順調なのはそこまでだった。何故ならば私もJ氏も試作するための自前の工房を持っていなかったからだ。唯一自由に使える工場が信州の山奥にあったが、往復するだけで丸2日かかり、交通費だけでも馬鹿にならなかった。試作する時に1度で上手くいくことなどめったに無く、何度も何度も修正しなければならなかった。特に折りたたみ自転車のプロトタイプとなると尚更である。その後、近所の工場を借りられるようになったが、使えるのは工場が休みの日曜日だけなので休日を返上して試作を繰り返した。そして、ようやく2012年12月2日にプロトタイプ1号が完成した。
・自転車大国台湾
一昔前ならば自転車の製造拠点といえば日本だったが、自転車部品のトップブランドであるシマノを除けば台湾や中国のメーカーにお株を奪われ、技術的にも台湾が世界の最先端である。当然、量産するなら台湾と決めていた。だから2012年3月8~10日に台北で催される世界最大の自転車ショーへ行き量産してくれるパートーナーを探すことにした。台北サイクルショーは、自転車関連のありとあらゆるメーカーが所狭しと軒を連ね、あたかも幕張メッセに秋葉原電気街がそのまま引っ越して来た自転車版といった賑やかさだった。自転車好きにとっては、おもちゃ箱をひっくり返したようなもので本来の目的を忘れるくらい夢中になり見学した。しかし、あまりにも情報量が多すぎて、的を絞り切れずに這う這うの体で退散せざる負えなかった。
・灯台下暗し
プロトタイプ1号の完成から1年以上が経過しても、まだ量産する当てがなく焦っていた。ところが灯台下暗しとはよく言ったもので、設計を手伝ってくれたJ氏が台湾の事情にとても詳しいことを知り、2013年3月21日に台北サイクルショーでJ氏と待ち合わせして、欧米や日本の有名メーカーのOEM生産を手掛けるJ社のC社長を紹介して頂いた。早速、日本から持参したプロトタイプ1号を見せながら量産を依頼すると、C社長は、私の目をじっと見つめ力強く握手してくれた。夢にまで見た量産が決定した瞬間である。我々のホームグランドが成田空港近郊にある地の利を活かせば全て上手くいくと安堵し、C社長の手を力強く握り返した。しかし、事はそんな単純に運ぶはずもなく、気持ちだけではどうにもならない様々な壁を乗り越えるために、更に2年4か月の時が流れた。
・高品質への拘り
2015年7月8日、期待に胸を膨らませ台湾へ渡航した。待ちに待ったPATTO BIKE量産の日が翌日に迫っていた。工場近くに宿を構え1週間ぶっ続けでPATTO BIKEの完成を見守った。既に、この工場で作られた日本ブランドの折りたたみ自転車が、日本中を駆け巡り信頼と実績を獲得していたから何も心配なかった。しかし、最後まで気を抜かずに一つ一つの工程をチェックし続け、最高品質の製品に仕上げてもらった。高品質に拘った理由は、コンセプトの大原則が「社会に貢献出来る折りたたみ自転車」だからである。
そして、遂に2015年11月6~8日幕張メッセで開催されたサイクルモードショーでPATTO BIKE 451が発表・発売開始された。