・旅の始まり

2005.09.07_タンジュンベノア

 40歳を過ぎた頃、運動不足のため全身が怠く、関節の油が切れたみたいに左膝が痛くて、歩くのも億くうになっていた。ある日、ラジオを聞いていたら「運動不足解消・成人病予防には、長時間無理なく続けられる水泳・ジョギング・ウオーキング・サイクリング等の有酸素運動が良い。」と知った。水泳は、一々ジムに通わなければならず時間と場所が限られる。ジョギングとウオーキングは、足腰に負担が掛かる。消去法でサイクリングに決めた。中学校卒業以来、自転車と無縁だったので店主に勧められるままロードバイクに乗り始めた。一年後には往復200Km位のサイクリングも楽しめるように成り、いつの間にか左膝の痛みも無くなっていた。しかし、1~2年もすると変わり映えのしない景色に飽きてしまった。次第に、自転車を梱包して公共交通機関へロードバイクを乗せ知らない街も走れるようになった。しかし、ロードバイクを梱包するのが面倒になり、ロードバイクのように良く走り、市販のスーツケースへ入れて手軽に持ち運びができる折りたたみ自転車を探すことにした。スポーツ自転車専門店の店主にそのことを話すと「他の店に行ってくれ」と剣もホロホロに断られてしまった。仕方なく別のショップに通いDesigned in USAのスポーツタイプに狙いを定め、店主のアドバイスに従い一度試乗してから購入することにした。

 丁度タイミング良くサイクルモードショーが幕張メッセで開催されたので2007年11月18日に満を持して試乗した。ところがカタログのイメージと実物にギャップを感じ諦めた。そして、会場中の折りたたみ自転車を試乗しまくったが、これと思うものに出会えなかった。閉館のお知らせが流れ始めたので諦めて帰ろうとしたときに、とあるブースの上に目が吸い寄せられた。そこにはパールホワイトに輝く25thアニバーサリーモデルが飾られていた。しかし、試乗する時間が無かったのでカタログだけを持ち帰り、一晩中眺め続け翌日いつものショップへ行きカタログで一番のフラッグシップモデルを注文した。夏から秋に発表されたニューモデルは、翌年の春に発売されるので、納車までに半年以上待たされた。ようやく納車されたばかりの折りたたみ自転車に乗り銚子へサイクリングに出かけたが、10Kmも進めずに引き返す羽目になった。何故ならばちゃんと整備されているはずなのにブレーキが全く効かず、歩く程度の速度なら前後のブレーキを同時に掛ければやっと止まるか止まらないかだった。後で分かったが、メーカーオリジナルのセミロングアーチ・ブレーキの品質が凄く低かったため制動力がホイールへ十分に伝わらない致命的欠陥だった。その証拠に翌年には、何の予告もなくキャリパーブレーキからVブレーキへ変更されていた。仕方なく購入したショップの力を借りて改良を試みたが、特殊部品の塊のような折りたたみ自転車に市販の部品が全く合わずに半年で諦めた。もしその時、折りたたみ自転車に詳しいミニベロ専門ショップやカスタム・パーツの存在を知っていたら上手く改良できたかもしれない。それが長~い折りたたみ自転車探し旅の始まりだった。

 その後、折りたたみ自転車に関するありとあらゆる文献を読み漁り、折りたたんだだけでスーツケースへ入れられる折りたたみ自転車が、この世に殆ど存在しないことを知った。それでも諦めずに2008年11月3日に再びサイクルモードショーへ行き片っ端から試乗しまくったが、やはり納得できるものに出会えなかった。最後にダメもとで英国製の折りたたみ自転車を試乗して驚いた。16インチ(349)と小径のため眼中に無かったが、しっかりした造りで走行性能も悪くはなかったからだ。また、世界最小の折りたたみサイズと言うだけあって、分解する一手間を加えればスーツケースに収まりそうだった。しかし、いざ買おうとしたら取扱店が近くに無かったので直ぐには買えなかった。

・千載一隅のチャンス

 丁度その頃リーマンショックがあり、1ポンドが270円から130円へ一気に円高になったのを機会に2009年1月18日英国へ直接買いに行った。実は、高価な英国製折りたたみ自転車を少しでも安く手に入れたい思いよりも、大英博物館に展示されているロゼッタストーンや古代遺跡ストーンヘンジを一目見たい思いの方が強かった。そして、英国製折りたたみ自転車の名前の由来が、超有名百貨店のハロッズがある通り沿いで創業したことからその通りの名前を付けたと聞きかじっていたのでハロッズをランドマークにすれば販売店を簡単に探せると思った。また、ある自転車雑誌に書いてあった英国では一家に1台以上一人に1台普及している国民的自転車だと紹介された記事を真に受けていた。しかし、英国に到着して直ぐにその読みと期待は全て裏切られた。ハロッズ前の通りとその左右の裏通りとそれらを結ぶ細かい路地までしらみつぶしに探したが、専門店どころか普通の自転車ショップすら発見できなかった。最悪でも乗っている人に出会えればどこで買ったか聞けると高を括っていたが、イギリスに到着してから誰一人として乗っている人を見掛けなかった。絶望的だったのは、細い路地にあった床屋に古い英国製折りたたみ自転車があったので店主に尋ねたところ、アンティークとして飾ってるだけで、実用に供していないため新車が売っていることすら分からない様子だった。

・犬も歩けば棒に当たる。

 ハロッズ前の通りをとぼとぼと歩きながら井上陽水の歌を口ずさんでいた。超プラス思考と言うよりは、ただの能天気なだけである。だからベストを尽くせば最後は何とかなると信じていた。そして、ロンドン名物の2階建ての赤いバスが目の前を撮り過ぎた時に閃いた。視点(目線)を変えれば見えなかったものが見えるかもしれないと思いハロッズ前の通りで探すのを諦めヴィクトリア駅のバスターミナルへ向かった。もうあては無かったので行先は何処でも良かった。発射直前のバスに飛び乗り2階の先頭席に陣取った。すると走り出してからものの数十秒でEVANS cyclesと言う看板が目に飛び込んできた。慌てて次のバス停で飛び降り引き返すと、店の奥に1台展示されているのが見えた。しかし、ターゲットは希少なチタン製モデルと決めていたので、まだ安心できなかった。恐る恐る近づくとチタン製モデルだった。整備に1時間ほどかかると言われたが、ロンドンに着いたら絶対に行こうと思っていたフィッシュ&チップスが美味しいと評判の”シー・フレッシュ・フィッシュ”というレストランが近くにあったので丁度良かった。食事を終えてショップへ戻ると整備が完了していた。展示車以外に在庫が無く好きな色を選べなかったのが唯一心残りであった。

・原体験

ストーンヘンジ

 次の朝、ハーマースミス駅近くのHOTELから手に入れたばかりの折りたたみ自転車に乗りウオータールー駅までいった。そして、ストーンヘンジ最寄りのソールズベリー駅まで電車で輪行した。早速、はやる気持ちを抑えきれずに走りだした。しかし、予想もしてなかった起伏の激しい道と寒風吹き荒む逆風に苦戦を強いられ、予定してた倍以上の時間が経過しても遺跡の気配すら感じられなかった。風を遮るものは何もなく、見渡す限り凍った泥炭地が延々と続いているだけだった。何度も挫けそうになりながらペダルを漕ぎ続けると、羊の放牧地の中にストーンヘンジが忽然と表れた。夢にまで見た光景を目の当たりにして、涙が溢れそうになった。帰路は、既に体力を消耗し切っていたので、自転車を折りたたんで2階建ての赤い路線バスに揺られソールズベリー駅まで楽に帰ることが出来た。

 その後、「大英博物館」「バッキンガム宮殿」「ハイド・パーク」「ビックベン」「タワーブリッジ」「グリニッジ天文台」「カティ・サーク号」「ノッティングヒル」「コヴェントガーデン」「キングス・クロス駅」「シャーロックホームズ博物館」やビートルズ縁の「アビー・ロード」「アップル・コープス跡地」など行きたかった場所へ折りたたみ自転車だけで難なく観光できた。おそらくレンタカーや公共交通機関を使って観光するよりも3倍以上効率良く回れたと思う。身をもって折りたたみ自転車の機動力の凄さを実感した。この折りたたみ自転車による初輪行旅行の感動が、折りたたみ自転車の原体験となった。

・マニアックな世界

 すっかり折りたたみ自転車の虜になり、彼方此方へ輪行旅行に出かけた。英国製折りたたみ自転車は、予想通り輪行旅行の良いお供になってくれた。しかし、英国と日本の違いなのか?かゆいところに手が届かずに歯がゆい思いをすることが多々あり、少しづつ改良し始めた。すると車両本体価格よりもカスタム代金の方が高くなり、両方合わせると片手以上になっていた。別に自慢してるわけではないマニアックな世界では、これが当たり前でまだかわいい方である。例えばスポーティ車の重量を1Kg軽量化するのに10万円と言われておりBefore Afterで2.5Kg軽量化したのでそんなものである。しかし、こんなに予算を掛けてもまだ満足できなかった。もしかしたら同じ予算で100%満足できるオリジナルの折りたたみ自転車が作れるかもしれないなどと馬鹿なことを考えるようになっていた。折りたたみ自転車に乗り不便な思いをするたびにその思いは強くなっていった。しかし、単なるヘビーユーザーに作れるはずはない、仕事も忙しいから無理だと自分に言い聞かせ、定年後の楽しみに取っておいた。

・転機

 そんなある日、東日本大震災があり地震と津波による甚大な被害を目の当たりにして、価値観が180度転換した。人生なんて儚いもので自分の意思とは無関係にパッと散ってしまうこともあるから、やりたいことは今やらないと後悔することになると悟った。また、震災前から約束していたので、まだ東日本大震災と福島第一原発事故による暗雲が漂う2011年3月20日に、3月末に行く南房総輪行旅行のコースを決めるため仲間とJR松戸駅前のMr.ドーナッツに集まった。しかし、予約してあった宿をキャンセルして、南房総輪行旅行を中止にした。当然、東日本大震災の話になり、天災はいつやってくるか分からないが、原発事故は人災だから原発に頼らない世の中にするため自分たちに出来ることは自分たちで直ぐやろうと誓った。しかし、何の取柄もない我々に出来そうなことは皆無だった。唯一興味があり役立てそうなのが折りたたみ自転車だった。通勤通学時間帯の公共交通機関へ持ち込める、コンパクトな折りたたみ自転車を開発すれば、マイカー通勤者が減り、ツーキニストが増えて、地球温暖化ガスが減り、原発に頼らずに効率の良い火力発電なら暫く使えると思った。出来るか出来ないかは分からないが、趣味の延長ならば楽しみながら続けられるだろうと、原発に頼らない社会に貢献出来る折りたたみ自転車造りを決意した。

PATTO BIKE誕生秘話(後編)へ続く >>